山口県の小さな味噌・醤油屋、光浦醸造所へようこそ。
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8代目のへぇ〜!

光浦醸造8代目が日々の味噌・醤油醸造をとおして知った豆トリビアをご紹介。


   #1  味噌の『噌』という漢字は、『味噌』以外では使用されない。

味噌の『噌』という漢字は『味噌』以外では使用されません。
なぜなら、味噌のためだけに作られた漢字だからなのです。
そんなバカなと思い、辞書で調べてみると確かに他に使い道のない漢字なのです。
ひとつの商品のためだけに作られた漢字。
なんて贅沢な漢字なのだろう?!




   #2  麦みその使用率は、全国では10%未満。

これは自分にとってはかなり「へぇ〜」でした。
小さいころから麦みそで育ったので、麦みそが『味噌』というものと思っていたからです。
しかし実は全国的に見ると、米みそが80%以上のシェアを誇っており、
麦みそは10%にも満たないのです。
・・・そういえば大学時代(東京)は、どこに行っても麦味噌の味噌汁はでなかったなぁ。
しかも最近は「合わせ味噌」の割合が多くなり、麦みそより出荷量が多くなったそうです。






   #3   徳川家康の長生きの秘密はみそ汁!?

徳川家康は、「五菜三根」のみそ汁を食べていました。
葉菜が5種類、根菜が3種類も入ったみそ汁は、現代栄養学から見ても理にかなっています。
当時の平均寿命が37、8歳の時代に75歳の長寿をまっとうしたのは、「五菜三根」と、当時まだまだ高級調味料だった「味噌」を使って作られたみそ汁のおかげなのかもしれません。

、、、みそ汁のことより、当時の平均寿命が37、8歳だったということに 『ヘぇ〜』 !






   #4    みそ汁一杯の塩分はカップラーメンの3分の1以下。

味噌は塩分が多い食品だと思われがちですが、そのまま大量に食べるものではないので、みそ汁等からとる塩分の量はさほどでもありません。
味噌には約10%の塩分が含まれていますが、みそ汁にした場合みそ汁一杯に含まれる塩分はわずか1.4〜1.6gにすぎません。
この量は、カップラーメンの3分の1以下で、コーンポタージュよりも少ないのです。

また、原料である大豆から、発酵の際にタンパク質が分解して生成する”うまみ成分”は低い塩分レベルで料理を美味しくする働きがあります。
生野菜やおかゆ等に塩をふりかけて食べるよりも、味噌を添えて食べる方が塩分をより少なくしておいしく食べられるのです。






   #5    味噌の語源は 『未醤』(みしょう)。

味噌はもともと未醤(みしょう)といって、「未だ醤にあらぬ」ものを指していました。
要するに、醤、醤油の手前ということです。
確かに、仕込んだばかりの醤油のもろみは味噌に似てますし、発酵した味噌から上がってくる水は醤油に似ています。
未醤(みしょう)→味噌(みそ)となったんですね。






 #6    「おせっかい」の語源は、味噌にまつわる道具の名前

いらぬお世話を焼くことを「おせっかい」といい、今日では「御節介」と漢字で書きますが、その語源をたどると味噌にまつわる道具にたどり着きます。
「かい」とは(匙と書く)しゃもじのようなもので、「せっかい」とは、切匙と書き、しゃもじを縦半分に割った形の道具を指します。
江戸時代には、味噌はすり鉢ですって使用しており、そのすり鉢の溝に付いた残りの味噌をとるための道具が「せっかい」だったのです。
溝の一本一本まで切匙(せっかい)できれいにかき落としていく様子からの比喩で、
せこせこと余計な世話を焼くことを「せっかい」とよぶようになったのです。

ちなみに、
江戸言葉では不可能のたとえのことを「切匙で腹を切る」と言っていたそうです。
なるほど確かに、しゃもじじゃ腹は切れんなぁ。






   #7    味覚の違い

大学時代、東京に移り住みいちばん驚いたのは味の濃さ。
蕎麦もうどんもラーメンも丼物も醤油も・・・・、とにかく、全ての食事が濃かった!
それまでも何度か東京には行ったことがあり、味の違いは知っていたつもりでしたが、生活するとなるとその味の違いがボディーブローのように効いてきたものです。
そんなつらい食生活の中、『濃い味=都会の味 』という図式が自然と私の頭の中で出来上がってしまいました。

しかし、江戸時代までは『濃い味=田舎の味』だったということをご存知でしょうか?
織田信長が京都で料理を食べ、「味が薄い!」と怒ると、京都の料理人は「田舎者!」と影で笑っていたというエピソードもあるそうです。

徳川家康が幕府を開く以前、東京は京都から遠く離れたド田舎。ほとんどが農民で、毎日激しい労働に明け暮れていました。
そうした肉体労働に従事している人々は、塩分の濃い食事を求めるため、関東では濃い味を好むようになったのです。
一方、関西は早くから京都を中心として栄えており、労働階級よりは知的階級の人が多かったため、あまり塩分を必要としない薄味が主流となりました。

味覚の違いには歴史的背景があるんですね〜。


近年、流通技術が進むに連れて、(ローカルな食べ物以外の)味が全国均一化の方向に向かっているような気がします。
(大手食品会社にとっては、日本人の味覚が統一された方が販売が楽なので好ましいことなのかもしれませんが・・・。)

淋しいことに何年か後、関東と関西の味の違いはなくなっているのかもしれません。

「東京のうどんは真っ黒じゃけ〜食えんでよ!」(山口弁)
という些細な思い出を守るためにも、地域の味は大切にしなければいけませんね。







つづく?


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